晴れ時々推し

令和時代はアラサーオタクには厳しすぎる

一国一スタバ令

 カフェというのは近世ヨーロッパの文化形成に大きく貢献したと言われている。

当初はコーヒーや茶を飲む場所だったカフェがやがて互いの意見を議論をする場になった。そのような役割としてのカフェはフランス革命前後には既に生まれていたと言われる。政治・文化の発展に大きく寄与したカフェ文化。

 

 現代の日本でもカフェに行けば、楽しく歓談したり、清い男女交際をしたり、明らかに怪しい詐欺のカモになる若者がいたり、デートのノリで保険の加入へと誘う若い女性がいたりと様々な人々を見る事が出来る。

 

コメダ珈琲サンマルクカフェ、タリーズコーヒードトールコーヒー……

戦後時代の群雄割拠とも言える日本のカフェ業界だが、その中で頭一つ抜けて天下統一をしようと企むチェーン店がある。

 

スターバックスコーヒー

 

「スタバはなくても砂場はある」

と知事が言っていた鳥取県にも2015年に出店し、ついに天下統一を成し遂げた。

本能寺の変が起こらなかった世界線織田信長を想起させるこのメガチェーン店は、季節ごとに新作を出しては世間の話題を掻っ攫う。

日本に上陸したのが1996年なので、19年で日の本を制したわけだから織田信長もビックリだ。

 

 私も新作が出るたびに行っては売り切れに泣いたり、圧倒的カロリーに三十路の胃腸をやられたりと中々散々な目に遭っているが、それでも行くのをやめられない。

なぜかと言われたら正直返しに困る。

話題の商品を試してみたいというミーハー心もあるが、あえて言うなら何となく雰囲気がいいからというフワフワした答えが出てくる。

 

 カフェというのはコーヒーの味なども大切だが、それ以上に大切なのは店の雰囲気だと思う。

例えば、コメダ珈琲は席を仕切り個室感を出している。ドトールコーヒーは充電の出来る席が豊富で仕事の合間の休憩に利用してるサラリーマンが多い。

スタバの場合は開放感を意識している。基本的にスタバは天井が高く店舗が広い。

土地の価格の高い日本でこれを満たすのはかなり大変だと思う。

しかし、それをする事で店の雰囲気、プレミアム感を出している。

 

それが「スタバに行く」という若い子たちの言葉に繋がっている。

「カフェに行く」ではなく「スタバに行く」だ。

スタバという1つのジャンルを築き上げているわけだ。

 

政治、経済、スポーツ、芸能などと並んでスタバというジャンルがある。

カフェは近世ヨーロッパの文化形成に大きく寄与したというのは上でも触れたが、現代日本の場合はスタバを利用するのは知識人だけではない。

中高生などの若い世代も大勢利用している。

TwitterInstagramTikTokなどの各種SNSを使いこなし、各自が進んで宣伝広報を行う若者たち、スタバは彼らを上手く利用し利用されていると思う。

 

スタバの新作が出た→SNSで話題になる→新作を飲み、写真を撮りSNSに投稿する→それを見た人たちが共感し、自分もスタバに行く。

 

永遠の正のループを作り上げている。

日本の経済が負のループ「スタグフレーション」に陥ってる中「スタバフレーション」を構築し我が世の春を謳歌している。

 

スタバは鳥取県にも出店し、天下布武を成したのは「スタバのブランドを不動のものにするため」ではないかと私は妄想してしまう。

企業戦略で言えば都市圏だけに出店するのも間違いではない。

しかし、スタバは全国拡大の道を突き進んだ。

カフェは文化形成の場というのは先から言っているが、楽しくお喋りが出来る場所は人間の心の拠り所になり得るとも私は思っている。

 

友だちと共通の話題で盛り上がり、楽しい時間を過ごす。

 

特に中高大学生には貴重な青春の1ページとなる時間だ。

ネットの繋がりが強くなった現代だからこそ、実際に会いおしゃべりをするのは大切だ。

 

 

 日本は今、若者が都会に集中し過疎化が進んでいる事が度々問題になっている。

原因は色々あるが、私は大きな原因の1つに「文化の共有が地方にいると難しいから」だと考えている。

 

 SNSで簡単に同世代や同じ趣味の人と繋がれる。

しかし、特別な経験は東京などの都市圏にいないと出来ない。

例えば、趣味のイベント(いわゆるリアイベ)などがそうだ。

誰かを推すという経験をされた方は分かりやすいと思うが、SNSが発達した現代でも都会と地方での「推しの情報の供給量」というのは全然違う。

むしろ、供給格差は昔より広がっていると私は感じている。

都会にいるフォロワーがリアイベの感想を言い合っている時、一緒に盛り上がれない地方にいる自分。都会に行くにもお金がかかる。バイトの出来ない年なら、旅行宿泊費を捻出するのも一苦労だ。

そんな経験をした若者が高校、大学を出たら都市圏に行く。

これは至極当然の道理だ。

誰だって同世代と顔を合わせて、一緒に楽しくお話しをしたいのはごく自然な人としての欲求である。

 

 地方格差について話題になる時、どうしても経済面の格差について議論されがちだが、こと若年代においてはこの文化面での格差が大きな問題だと私は感じている。

実を言うと私がオタクになる前はあまり分からなかった(感じていなかった)が、好きなものを推すとなると特にこの文化格差は切実な問題だと気付いた。

アラサーとなり腰痛や胃腸の劣化に悩む私だが、まだギリギリ若者の定義に入れている私がこんな感じなので昭和生まれで政治を取り仕切る方々にはより感じ難い部分だと思う。

今の若年代は「推す」という行為がごく自然に行われている。

誰かを応援する、何かを応援する。

それに本気で取り組めば取り組むほど、努力では埋めきれない物理的な距離を感じる事となる。

 

 ここで話をスタバに戻すが、スタバは日本全国に展開した。

同世代と楽しくお話し出来る場所は大切だと言ったが、地方で学校以外で話せる場はプライスレスと言える。

中高大校生で経験した「楽しい」は一生の宝物だ。

スタバが地方の文化格差まで考えていたわけではないだろうが、カフェの果たしている「文化の形成」という役割と青少年の「楽しい経験」これらがとても上手く噛み合っている。

 

どこまで狙ったものなのかは素人の私には分からないが、結果として「スタバ」というブランドは年々上がっている。

 

楽しい経験をスタバでした若者が都会に出て再びスタバに集うのもごく自然な事だ。

 

なぜ、スタバが好きなの?

と聞かれたら私はフワフワな答えしか答えられない。

 

なぜ、スタバがこんなに特別な存在になっているの?

と聞かれたら私はこんなだからじゃないかと思っている。

 

フワフワのクリームを味わいながら、フワフワとそんな事を考えた金曜日の昼下がり。

 

 

 

P,S,スタバのストロベリー&ベルベットブラウニーモカにチャレンジし無事成功しました。

豆乳&ホイップを多めにしてもらい、とても美味しかったけど圧倒的カロリーに三十路の胃腸は凄まじい深手を負いました。

これを書いてる間もずーーーーっと腹がゴロゴロ言ってます。

タピオカブームの時も思ったけど、世の中のガールは胃腸が強すぎる。

無茶振りに付き合ってくれてありがとう我が胃腸。

 

美味しかったけどグランデはボリュームありすぎた……今夜は胃腸に優しいお茶漬けよ〜